痔は日本人にとって非常に身近な疾患であり、生活習慣や体質によって悪化しやすい特徴があります。近年では、薬や手術だけでなく、体の内側から改善を目指す「漢方療法」に注目が集まっています。漢方では痔を単なる局所の炎症としてではなく、血流の滞りや冷え、便秘といった全身の巡りの乱れとして捉えます。
本記事では、痔の種類や原因を整理しながら、乙字湯をはじめとする代表的な漢方薬と、日常生活で取り入れたい改善習慣について解説します。
痔とはどういう状態か

痔の主な種類と発症メカニズム
痔(じ)は、肛門周辺の血管や粘膜、皮膚に炎症や腫れ、出血、痛みが生じる疾患の総称です。日本人の約3人に1人が一度は経験するといわれるほど身近な疾患であり、生活習慣や体質が深く関係しています。痔には大きく分けて3つのタイプがあります。
1. いぼ痔(痔核)
最も一般的なタイプで、肛門内外の静脈がうっ血し、こぶのように腫れ上がった状態です。長時間の座り仕事、便秘、妊娠・出産などが主な原因とされています。特に、排便時に強くいきむ習慣があると、肛門内の血流が滞り、血管が膨張して痔核が形成されます。
2. 切れ痔(裂肛)
肛門の皮膚が裂けて痛みや出血を伴うタイプです。硬い便の排出や慢性的な便秘が主な原因で、便が肛門を通る際に傷をつけてしまいます。排便時の強い痛みが特徴で、痛みを避けるために排便を我慢し、さらに便が硬くなるという悪循環に陥りやすいのも特徴です。
3. あな痔(痔ろう)
直腸と肛門の間に膿の通り道ができてしまう状態です。細菌感染が原因で、内部に膿がたまり、それが皮膚側に破れて穴が開くことで発生します。慢性化しやすく、自然治癒は難しいため、外科的治療が必要になることが多いです。
発症のメカニズム
痔の発症には、「血流の滞り」「排便習慣の乱れ」「冷え」などが大きく関与しています。肛門は非常に細い血管が集まる場所であり、血流が悪くなると炎症や腫れが起きやすくなります。長時間の座位、運動不足、偏った食事などがこれを助長します。
このように、痔は一つの症状ではなく、複合的な要因によって生じる“循環障害”ともいえる疾患です。
漢方的にみる“痔”の原因(瘀血・冷え・便秘など)
漢方では、痔は単なる局所の炎症ではなく、全身の「気・血・水(き・けつ・すい)」の巡りが乱れた結果として現れる症状のひとつと考えます。特に、「瘀血(おけつ)」「冷え」「便秘」の3つは、痔の発症と悪化に深く関係しているとされています。
1. 瘀血(おけつ) — 血の巡りが滞る状態
「瘀血」とは、血流が滞り、体内に老廃物や熱がこもってしまう状態を指します。肛門周辺は細い血管が密集しているため、ここに瘀血が生じると、腫れや痛み、出血が起きやすくなります。漢方では、この瘀血を改善するために「血行を促す(活血)」作用を持つ処方を用います。代表的なものに、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)や桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)などがあります。これらは血の巡りを整え、炎症の沈静化を助けるとされています。
2. 冷え — 下半身の循環を悪くする要因
下半身の冷えは、血流をさらに滞らせ、瘀血を悪化させる原因になります。特に女性では、冷えによる痔の悪化が多く見られます。漢方では、体を温める「温補」作用のある薬草(例:附子、乾姜など)を配合し、体全体の巡りを改善します。体が温まることで、炎症や痛みの軽減が期待できます。
3. 便秘 — 痔を悪化させる最大の生活要因
便秘は、痔を引き起こす直接的な要因のひとつです。硬い便が肛門を傷つけるだけでなく、排便時のいきみが血流を悪化させ、いぼ痔や切れ痔の原因となります。漢方では、便通を整える「潤腸」「通便」作用のある処方(例:麻子仁丸、桂枝加芍薬湯など)が用いられます。これにより排便をスムーズにし、肛門への負担を軽減します。
総括
漢方的には、痔の症状を「部分的な疾患」とは見なさず、「体の巡りの乱れが局所に現れたもの」として捉えます。そのため、患部のケアだけでなく、体質改善を同時に進めることが重要です。体のバランスを整えることで、再発しにくい状態を作ることが、漢方治療の目的でもあります。
痔に効くとされる漢方とその使い方

代表的な漢方処方(例:乙字湯)とその特徴
痔に対して用いられる漢方薬は数多くありますが、その中でも代表的なのが「乙字湯(おつじとう)」です。乙字湯は、いぼ痔・切れ痔の改善を目的として、江戸時代から使用されてきた伝統的な処方で、現在でも医療機関や薬局で広く採用されています。
1. 乙字湯の基本構成と作用
乙字湯は、「黄芩(おうごん)」「柴胡(さいこ)」「升麻(しょうま)」「当帰(とうき)」「甘草(かんぞう)」「大黄(だいおう)」の6つの生薬から構成されます。
このうち、当帰と柴胡が血の巡りを整え炎症を鎮め、黄芩と升麻が熱を冷ます作用を持ちます。大黄は緩下作用を持ち、便秘の改善を助ける一方で、甘草は炎症を和らげる緩衝役として働きます。
これらのバランスにより、乙字湯は「炎症を抑えつつ、血流を促し、便通を整える」という3つの方向から痔の症状を改善していく処方です。
2. 主な適応と特徴
乙字湯は、特に「排便時の痛み」「出血」「腫れ」などが見られるいぼ痔や切れ痔に適しています。漢方医学的には、「気滞(きたい)」「瘀血(おけつ)」「熱毒(ねつどく)」が同時に存在する状態とされ、これらを総合的に緩和します。
慢性的な痔だけでなく、再発を繰り返すタイプにも用いられることが多いです。服用を続けることで、炎症が鎮まり、排便時の痛みや不快感が次第に軽減していくとされています。
3. 乙字湯以外によく用いられる処方
- 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん):血行不良(瘀血)による痛みや腫れに
- 桃核承気湯(とうかくじょうきとう):便秘傾向が強く、体に熱がこもるタイプに
- 麻子仁丸(ましにんがん):便通を改善し、排便時の負担を軽くする
- 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん):冷えやむくみを伴う女性の体質改善に
これらの処方は、体質や症状によって使い分けられます。痔の原因が「血の滞り」「便秘」「冷え」のどれに重点があるかによって、最適な漢方薬が異なります。
4. 服用時の注意点
漢方薬は自然由来ではありますが、体質に合わないと効果が出にくい場合があります。また、乙字湯には「大黄」が含まれるため、下痢傾向の人や胃腸が弱い人は慎重に用いる必要があります。自己判断での長期服用は避け、薬剤師や漢方医の指導を受けることが推奨されます。
日常で併用すべき生活習慣・注意点
漢方で痔の改善を目指す際は、薬の服用だけでなく、日常生活の見直しが非常に重要です。痔は血流の滞りや便秘など、生活習慣に強く影響される疾患であり、体の巡りを整える習慣を取り入れることで、漢方の効果を高め、再発を防ぐことができます。
1. 排便習慣を整える
痔の最大の悪化要因は「便秘」と「強いいきみ」です。毎日決まった時間に排便する習慣をつけ、便意を我慢しないことが大切です。朝食後は胃腸の動きが活発になるため、トイレに行く時間を確保しましょう。また、硬い便を避けるために、**水分を十分に摂る(1日1.5〜2L程度)**ことも重要です。
食物繊維を豊富に含む野菜・海藻・豆類をバランスよく摂取することで、便通の改善が期待できます。
2. 体を冷やさない工夫
漢方では「冷えは万病のもと」とされ、痔の原因の一つでもあります。特にデスクワークなどで長時間座る人は、下半身の血行が悪くなりやすいため、意識的に体を温める習慣が必要です。
湯船にゆっくり浸かる、下半身を冷やさない服装を選ぶ、軽いストレッチやウォーキングを取り入れるなど、血流を促す生活を心がけましょう。
3. 長時間の座位を避ける
座りっぱなしの姿勢は、肛門部の血管に負担をかけ、血流を滞らせます。仕事中は1時間に1回程度、軽く立ち上がって体を動かすことで血行を改善できます。
また、クッション性のある座布団を使用すると、肛門への圧力を軽減できます。ドーナツ型のクッションは、患部を直接圧迫しないためおすすめです。
4. 食生活とアルコール・刺激物の制限
香辛料やアルコールは血流を急激に変化させ、炎症を悪化させることがあります。辛い食べ物、コーヒー、アルコール類は控えめにし、腸内環境を整える発酵食品(味噌・納豆・ヨーグルトなど)を意識的に取り入れましょう。
また、夜更かしやストレスも自律神経を乱し、血行不良を引き起こすため、十分な睡眠を取ることも大切です。
5. 定期的な経過観察と専門医相談
漢方で改善が見られる場合でも、出血や痛みが続く、腫れがひかないといった症状がある場合は、早めに肛門科を受診することが望ましいです。
痔の中には、感染や腫瘍など別の疾患が隠れているケースもあります。漢方はあくまで「体質改善の一助」であり、必要に応じて現代医療と併用することが安全で効果的です。

