乙字湯(おつじとう)は、痔の痛みや出血、腫れなどの症状を和らげる漢方薬として古くから用いられています。その特徴は、血流を促進しながら炎症を鎮め、排便をスムーズにする6種類の生薬が絶妙なバランスで配合されていることです。
この記事では、乙字湯に含まれるそれぞれの成分の働きや、配合による相乗効果についてわかりやすく解説します。初めて乙字湯を検討する方でも、成分の特徴を理解し、安全に活用できるようになります。
乙字湯とはどんな漢方薬か

乙字湯の基本構成と由来
乙字湯(おつじとう)は、中国の古典医学書『万病回春』などに記載されている処方を基にした漢方薬です。主に「痔疾(じしつ)」、つまり痔の治療に用いられる代表的な処方の一つで、日本でも広く医療用・市販薬として使われています。江戸時代にはすでに医家の間で用いられており、その効果の高さから長く受け継がれてきました。
この処方は、身体の「気血(きけつ)」の滞りを改善し、炎症や腫れを鎮めることを目的としています。痔は長時間の座位、便秘、冷え、ストレスなどが原因で血流が滞ることで起こると考えられており、乙字湯はその根本的な「血行不良」と「炎症」の両面に作用する点が特徴です。
乙字湯を構成する生薬は6種類です。
それぞれが異なる役割を持ち、全体として炎症の緩和・血流改善・痛みの軽減を促します。主な構成は以下のとおりです。
- 当帰(とうき):血を補い、循環を促進する
- 柴胡(さいこ):炎症を鎮め、気の流れを整える
- 黄芩(おうごん):熱を冷まし、抗炎症作用を示す
- 升麻(しょうま):上半身の滞りを改善し、痔の腫れを抑える
- 大黄(だいおう):排便を促し、便通を改善する
- 甘草(かんぞう):他の成分を調和させ、副作用を抑える
これらの生薬が組み合わさることで、体の内側から痔の原因を改善し、痛みや出血を和らげる働きを持ちます。特に「当帰」「柴胡」「黄芩」の組み合わせは、気血を整えながら炎症を鎮める代表的な処方群として知られています。
由来としては、古代中国で「脱肛(だっこう)=痔の悪化による直腸の脱出」などに用いられていた処方が日本に伝わり、現代の生活環境に合わせて改良されたものです。日本薬局方にも収載されており、医療機関では痔疾患だけでなく、肛門周辺の炎症、便秘を伴う体質改善などにも応用されています。
まとめると、乙字湯は「炎症を抑えつつ血流を良くし、腫れや痛みを緩和する」伝統的な処方であり、長年の臨床経験に裏付けられた漢方薬です。
主な効能と使用される症状
乙字湯は、古くから「痔疾(じしつ)」に対して用いられてきた代表的な漢方薬で、現代でも医療用漢方製剤や一般用医薬品として広く使用されています。その効能の中心は、肛門部の腫れ・痛み・出血を改善することです。特に切れ痔(裂肛)やいぼ痔(痔核)などに効果があるとされています。
乙字湯の働きは大きく分けて3つの作用から成り立っています。
- 抗炎症作用
黄芩(おうごん)や柴胡(さいこ)が体内の「熱」や「炎症」を鎮め、腫れや痛みを和らげます。これにより、肛門部の炎症による灼熱感や違和感を軽減する効果が期待できます。 - 血行促進作用
当帰(とうき)と升麻(しょうま)は、血の巡りを良くし、うっ血(血の滞り)を改善します。痔は血流の悪化が一因とされているため、この作用が症状の根本改善につながります。特に当帰は女性の冷えや血行不良にも用いられる生薬で、全身の代謝バランスを整える効果があります。 - 排便調整作用
大黄(だいおう)が便通を整え、排便時のいきみを軽減します。便秘による肛門部への負担が減少するため、痔の悪化を防ぐことができます。便通改善と炎症緩和の両方が作用する点が、乙字湯の優れた特徴です。
このように、乙字湯は単に「痛みを取る」だけではなく、「血流改善」「排便調整」「炎症抑制」を同時に行うことで、痔の再発を防ぐ総合的なアプローチを実現しています。特に、長時間のデスクワークや冷え性、慢性便秘など、痔を引き起こしやすい生活習慣を持つ人に適しています。
また、乙字湯は痔疾だけでなく、次のような症状にも用いられることがあります。
- 肛門周囲の炎症や腫れ
- 排便時の出血や痛み
- 脱肛(直腸が外に出る症状)
- 軽度の便秘を伴う体質
- 出産後の痔症状や血行不良
これらの症状に対し、乙字湯は穏やかに作用し、体質そのものの改善を図ることを目的としています。副作用は比較的少ないですが、体質や症状によっては合わない場合もあるため、使用前には医師や薬剤師への相談が推奨されます。
まとめると、乙字湯は「痔の痛みを鎮め、血流と排便を整える」総合的な作用を持つ漢方薬であり、体にやさしく、慢性的な症状にも対応できるのが大きな特徴です。
乙字湯の成分とそれぞれの働き

6つの生薬成分とその作用
乙字湯は、6種類の生薬がバランスよく配合された処方であり、それぞれが特有の薬理作用を持っています。各成分が単独で作用するのではなく、互いに補い合うことで、痔に伴う炎症や腫れ、痛み、便通異常などを改善します。ここでは、それぞれの生薬の特徴と役割を順に解説します。
① 当帰(とうき)
当帰はセリ科の植物の根を乾燥させた生薬で、血液の循環を促進し、血を補う「補血薬」として知られています。体を温める性質があり、冷えや血行不良による痛みやしびれを改善します。乙字湯では、肛門部の血流を良くしてうっ血を解消し、腫れを鎮める働きを担います。特に女性の冷えや月経不順にも用いられる万能な生薬です。
② 柴胡(さいこ)
柴胡はミシマサイコの根から作られる生薬で、「気」の流れを整える作用を持ちます。ストレスや緊張による自律神経の乱れを鎮め、体全体のバランスを整えることで炎症を間接的に抑えます。また、肝臓機能を助け、体内の老廃物を排出しやすくする作用もあります。乙字湯では、精神的な緊張やストレスによって悪化する痔の症状を緩和する重要な役割を果たします。
③ 黄芩(おうごん)
黄芩はシソ科の植物「コガネバナ」の根を用いた生薬で、強力な抗炎症作用を持ちます。体内の余分な「熱」を取り除き、腫れや出血を抑える働きがあります。特に痔による炎症や出血、熱感を鎮める効果があり、乙字湯の“炎症鎮静”の中心成分といえます。また、抗菌・抗アレルギー作用も報告されており、皮膚炎や口内炎などにも応用されることがあります。
④ 升麻(しょうま)
升麻はキンポウゲ科の植物の根茎を用いた生薬で、体の「上部」に作用しやすい特徴があります。血流を促進し、皮膚や粘膜の炎症を鎮めるほか、排膿作用(うみを出す作用)も持っています。乙字湯では、肛門部の腫れや脱出(脱肛)を防ぐ効果を発揮します。また、他の薬効を上方へ導く「昇提作用」があり、処方全体のバランスを整える役割も果たします。
⑤ 大黄(だいおう)
大黄はタデ科植物の根茎を用いた強力な瀉下(しゃげ)薬です。腸の蠕動を促して便通を良くし、便秘を解消します。便が硬くなると排便時にいきみが生じ、痔の悪化につながるため、乙字湯における大黄の存在は極めて重要です。さらに、腸内の熱を下げる作用もあり、炎症性疾患の緩和にも寄与します。ただし、長期使用では刺激が強く出ることがあるため、医師の指導のもとで使用するのが望ましいです。
⑥ 甘草(かんぞう)
甘草はマメ科の植物の根で、「調和の薬」として多くの漢方処方に配合されています。単独でも鎮痛、鎮咳、抗炎症作用がありますが、乙字湯では他の生薬の作用を緩やかにし、全体のバランスを整える役割が中心です。副作用を防ぐ働きがあり、特に大黄などの刺激性成分の作用を調整します。また、抗アレルギー作用や抗ストレス作用もあるため、心身両面の安定に寄与します。
このように、乙字湯の6つの成分は「炎症を抑える」「血流を改善する」「排便を整える」「薬効を調和させる」という4つの柱で構成されています。それぞれが異なる角度から痔の原因に働きかけ、無理のない自然な改善を促す点が乙字湯の特徴です。
配合バランスと相乗効果の仕組み
乙字湯は、6つの生薬を単に組み合わせた処方ではなく、それぞれの成分が互いに補い合いながら作用する「相乗効果」を重視した漢方薬です。その配合バランスは、痔の原因である血行不良・炎症・便秘・体質の偏りを同時に改善するよう設計されています。
まず、乙字湯の特徴は「補血と清熱」「排便と鎮静」という一見相反する作用を両立している点にあります。これは、当帰・柴胡・黄芩・升麻・大黄・甘草の6成分が、それぞれ異なる方向から体を整えることで実現されています。
血流改善と炎症鎮静のバランス
乙字湯の中心的な作用は、当帰による「血の補い」と黄芩による「熱の除去」の両立です。
当帰が体を温めて血の巡りを促進し、黄芩が炎症やほてりを鎮めることで、過剰な刺激を抑えつつ腫れや痛みを和らげます。これにより、炎症を鎮めながらも治癒を妨げない理想的な環境を整えることができます。
この「温める力」と「冷ます力」を同時に含む配合は、漢方薬の中でも非常に珍しく、乙字湯が慢性の痔にも急性の炎症にも対応できる理由の一つです。
排便の調整と肛門部の負担軽減
大黄による緩下作用(便を出やすくする作用)は、排便時のいきみを軽減し、肛門部の圧迫を防ぎます。
一方で、刺激が強すぎると腹痛や下痢を引き起こすおそれがあるため、甘草がその作用を和らげ、穏やかに便通を整えるように調整しています。
この「刺激と緩和」のバランスが取れていることで、乙字湯は便秘がちな人でも安心して服用できる処方となっています。
体全体の気の巡りを整える作用
柴胡と升麻は、体内の「気」の流れをスムーズにし、自律神経のバランスを整える働きを持ちます。
痔はストレスや精神的緊張によって悪化することが多いため、これらの生薬が心身両面の調和を図ることで、再発の防止にもつながります。
特に柴胡は、肝臓の働きを助けて老廃物の排出を促し、全身の代謝を改善します。
全体の調和と副作用の軽減
甘草は、乙字湯全体のバランスを保つ「調和薬」として非常に重要な役割を果たします。
当帰や大黄など、作用の強い生薬同士の刺激を和らげ、身体への負担を軽減します。また、炎症を抑えながらも体を冷やしすぎないように働き、全体を穏やかにまとめ上げます。
このような調整作用により、乙字湯は「即効性と安全性」を両立した処方として高い評価を受けています。
相乗効果による痔への総合的アプローチ
これら6種の生薬が組み合わさることで、乙字湯は以下のような総合的効果を発揮します。
- 血行促進による腫れと痛みの軽減
- 抗炎症作用による出血や炎症の抑制
- 便通改善による肛門部への負担軽減
- 自律神経の調整による再発防止
- 全身の代謝改善による体質の安定
つまり、乙字湯は単なる「痔の薬」ではなく、「血流・炎症・排便・気の流れ」をトータルに整えることで、根本的な改善を目指す漢方薬といえます。
まとめると、乙字湯の効果は「各成分の個別作用」よりも「配合の妙」にあります。体質や症状のバランスを見ながら、体に過剰な負担をかけず自然な形で回復を促す点が、乙字湯の最大の特徴です。

